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2010-03-25

海ゆかば-戦艦三笠

連休は2日間を仕事で潰してしまった。小生自身ストレスが溜まる上に連れも外出できず申し訳ない。そんなわけで、最終日だけは思いっきり走り回った。東京湾をグルっと一周である。

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GR DIGITAL III + SILKYPIX

茨城の拙宅を出て最初に向かったのは横須賀である。日露戦争を戦った戦艦三笠の記念館を訪れた。艦そのものが展示されている、と言っても良いのだが、小生には若干抵抗がある。艦体を除いて上部構造物はほとんどレプリカだからである。しかし、内部に展示されている資料や説明は貴重で分かり易いもので、記念館としては優れたものと思う。

折りしも「坂の上の雲」がNHKで放映されたこともあり、正岡子規と秋山真之を特集した特別展も開かれていて、人気を集めていた。

日露戦争当時の海軍で、小生の中では参謀の秋山真之は明晰さ、司令官の東郷平八郎は統率力、大臣の山本権兵衛は構想力の象徴である。どれをとっても、ほんの少しでもこれらの偉人に近づければと思うが、人間の大きさが違いすぎてダメである。どの分野に進みたいかと言えば、強いて言えば構想力の山本権兵衛の方向だろうか。

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GR DIGITAL III + SILKYPIX

木製の帆船から鋼製の蒸気船へ船が進化した後、初めての本格的な海戦が行われたのが日露戦争だったようである。そう言われると、三笠の姿には帆船の面影があるようだ。特にマストの横の桁は帆を張ることもないのに異様に長く見える。

ただ、これも無駄なものではないらしい。無線電信がようやく実用化された頃であり、艦隊の中で艦同士の意思疎通は基本的に信号旗で行われていたとのこと。ならば、作戦行動中は多くの旗が次々に揚げ下げされたに違いない。視認性をよくするためにはこのようなマストを残しておかなければならなかったのであろう。

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GR DIGITAL III + SILKYPIX

砲の配置も、帆船時代の軍艦と似て、舷側に階層をなして並べられている。砲ごとに砲手が照準して敵艦と並んで撃ち合う戦い方が依然として基本だった時代のものである。ただ、日本は艦でひとつ照準を定めて各砲がこれに従う方法を世界に先駆けて実戦に採用していた。

この新しい方法を徹底して砲の配置まで最適化した艦は日露戦争の後にイギリスで建造されている。その結果、砲も大射程・大口径になり、いわゆる大艦巨砲時代が訪れることになる。しかし本格的な海戦はないまま次の時代へ移っていく。

第2次大戦では空母から発進する航空戦力を中心とした海戦が行われ、事実上、これが最後になっている。勝利した米国の当時の太平洋艦隊司令官がニミッツである。ニミッツから見て前の時代、直近の大海戦の勝利者は東郷平八郎だったわけである。ニミッツは東郷平八郎を敬い続け、敗れた日本にあっても戦艦三笠の保存に尽力した。

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