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2010-02-08

プラハ城(携帯待受)

Dcp_3793
(DC3800で撮影した画像ファイルを加工)

2008年5月にチェコを訪れた。小生が学生時代はチェコ・スロバキアと習った国だが、今ではチェコとスロバキアは別の国になっている。滞在したのは首都のプラハである。

小生が生まれた頃、チェコ・スロバキアでは「プラハの春」と呼ばれる出来事があったそうだ。チェコ・スロバキアの共産党を率いたドゥプチェク氏が当時のソ連の強い支配・指導から脱しようと改革運動を進めたところ、ソ連は軍事介入して押さえ込んだのである。同氏は失脚した。時代が下ってソ連は解体し、旧共産圏の東欧諸国は次々に自由主義体制に移行した。チェコ・スロバキアにおける体制移行はビロード革命と呼ばれる。

プラハ城は正当な政治体制・権力の存すべき場所と見なされており、ビロード革命に際しては「ドゥプチェクを城へ」と民衆は期待をこめてドゥプチェク氏の復権を後押しした。しかし、その後ほどなくして、同氏は世を去り、チェコとスロバキアも円満に2つの国に別れたのである。

プラハ城には教会が2つあり、写真はそのうち比較的新しいゴシック様式の聖ヴィート大聖堂である。古い教会はロマネスク様式の聖イジー教会である。プラハ城は今でも大統領府として機能している。

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