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2009-09-25

八ッ場ダム(2)

今年のゴールデンウィークにも再び川原湯温泉を訪れた。今回の交通手段は自家用車で、自民党政権の景気対策「休日の高速道路は1000円」の恩恵に浴した。宿は前述の訪問に続いて山木館である。この時点ではまだダム建設中止の騒ぎは予想もせず、吾妻川沿いの散策道を2kmほど歩いてみた。撮影はDC3800である。

まずは、ダム湖に沈むとされている景色である。写っている橋は国道145号線とJR吾妻線のもので、川原湯温泉駅から200~300m程下った辺りである。

Dcp_4154r

さらに数百m下るとダムの建設現場が見えてくる。ダム本体だけではなく、資機材の搬入、借り置き、組み立てなどに大きな場所を要することは大規模な土木工事の常であり、準備の造成が着々と進められていた。この段階で既に景観が損なわれていることは明らかである。ダム湖に沈むならまだよし、もし建設中止とならば景観の復旧をどうするのか小生には見当もつかない。

Dcp_4162r

ダム本体(予定)の地点を過ぎれば、そこから下流の景観は保たれることになる。吾妻渓谷と呼ばれる深い岩の谷には鹿飛橋という名の小さな吊橋がかかっているが、そこから上流側を望む写真である。ダム建設の最も古い計画ではダム本体はさらに下流になるところであったが、景観保存運動の結果、現計画の位置に変更になったとのことである。

Dcp_4165r

自然の景観の美しい部分は残される一方で、人の営みの歴史を持つ集落はダム湖に沈む。このような残すものと失うものの取捨選択は、「総じて」どのような判断に基づいて行われているのだろうか。個人それぞれの美意識や価値観は話せば分かるが、社会的な観点の「総じて」の判断については小生にはよくわからない。

そこを説明することこそ、政治家の説明責任なのではないだろうか?

今回の騒ぎで、推進派は「ここで止めたらかえって無駄」と言い、中止派は「そもそも無駄なもの」と言う。そこに損得勘定の話題しか出てこないのは議論の次元が低すぎるのではないか?

何を残すのか?
何を失っても止む無しとするのか? そして、
何を生み出そうとしているのか?

この議論を深めてもらいたいところである。

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